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2019年9月 1日 (日)

中四国の扇形車庫 (19.9.1加筆)

まずは船坂峠越えです。山陽鐵道時代の信号場跡にロマンです。三石駅の雰囲気もいいですね。

来週からネタ切れでブログ休眠の危機だと言うのに、おやすみ前の更新です。


岡山機関区

23番線と3番線。24M級転車台は国内唯一。

あとで加筆します。(19.9.30 記事にしました)


糸崎機関区

扇形庫が開放的な瀬戸内の機関区。敷地内の事務所付近に高低差があり遠軽機関区みたい。番線数は15線未満だったでしょうか。(C6217さんより、ご指摘があり、糸崎機関区の敷地は高低差無くフラットで、私の勘違いでした。ご指摘を頂き、ありがとう御座いました)


津山機関区

他の駅から津山駅まで乗車し、構内入換で転車台手前まで乗車したまま《津山まなびの鉄道館》へ到着させて欲しいです。津山駅までの切符を買って駅から機関区まで歩くと交通弱者には遠くに感じます。それか、ホーム側からだと入場料500円でもかまいませんのでホームから出入りさせて下さい。構内に踏切を新設するのに運輸省(国土交通省ともいう)の許可が降りないんですか。鉄道遊園地も仕方ないですが、車で来場ばかりするリピーターになりたくありません。

でも津山機関区は大好きです。津山の街は、もっと大好きです (JR西日本も)。


新見機関区

f54560zg さんのブログにて C6217さんの解説があり、、、項目は、ど忘れしてしまいました。扇形庫は増築されたように見えます。私の世代では、集煙装置と言えばここなんです。15線級。


米子機関区

開放的な鉄骨造。今は駅前ホテルから眺められる。良い部屋が酔い部屋になりそうです。歴代配置車両も魅力的な山陰本線の中核基地。日暮れからでも 特急やくも で帰れたのに、一泊して米子機関区の近くに居たかったくらい好きな機関区です。C5180号機のイメージが未だに。


長門機関区

大きな炭台が残っていたのが印象的。炭台の上には無煙化前の石炭がパラパラと、、一瞬だけ目の前にD51が現れました。比較的不便な場所でしたので、脚を運んだ甲斐がありました。15線級だったでしょうか。


広島機関区(第一)

出ました、日本一の機関区です。(私が勝手に決めました)22番線庫と6線庫。こここそ繋げて35番線にしてしまえばと。そうしなかった理由があるんでしょうね。C6217さんのお話しのように、機関区構内が狭過ぎて、給炭設備あたりに繋がる感じで、尾久機関区のようにして転車台が欲しいですね。

ここまで凄いと、動画撮影が見たくなります。NHKさん、取材してませんでしょうか。


三次機関区

社会人後の機関区巡り最初の地です。ここも鉄道模型で再現するのにピッタリ。たしか、、ハチロクのトップが居たこと有りましたっけ。(8621号機だったような)


小郡機関区

D52の牙城なんですけど、これまでの常識を覆えす、扇形庫二棟の情報が駆け巡っており、早期に第一次資料の確認が必要ですね。単に私が無知なだけ? 第2転車台の阿弥陀線とで、80線の転車台線を擁していたのでしょうか。


津和野機関区

ここは扇形車庫のあるうちに行きたかった場所です。10線級なのに、出入区線が庫内端に通じているのが珍しく、木造庫の雰囲気も最高潮の盛り上がり。日本の原風景みたいな機関区です。


下関機関区

ここも凄い機関区。f54560zg さんのブログをご参照下さい。20線級。C6217さんのお話しによると、給炭設備がコンクリート製なのは、戦時中の資材不足からだそうです。

そう言えば、コンクリート製の戦時急造輸送船が、呉線沿いの駅前漁港に防波堤代用で残存していたような。


四国に上陸です。

高松機関区

初代は築港の矩形庫と想像しています。二代目が本線側に移転した扇形庫で、意外と小ぶりというか、10線未満だったかもしれません。三代目は更に移転した今の運転所構内で、こちらも10線未満だったようです。現在の転車台は扇形庫解体後に構内間で移設されたと思います。高松機関区も、空中写真で辿ると楽しい車両基地です。


松山機関区

10線級。f54560zg さんのブログをご参照下さい。20.3のダイヤ改正で移転してしまいました。


宇和島機関区

自治体が協力して観光資源とならないでしょうか。地域活性化と収益増は望めない? 4番線ですが、背面に庫外への引出し線もあるみたいです。事務所前にある、お出迎えのアーチオブジェが機関区の雰囲気を高めています。


高知機関区

f54560zg さんのブログ参照なんですが、皆さん、四国の鉄道巡りを宜しくお願い致します。鉄道旅は四国。JR四国の応援、宜しくお願い致します。

たしかに柏島は遠かったですけど。


中四国は以上ですが、高松や松山の扇形庫。第一次資料の充実に期待です。

19.9.1 忘れていた津和野機関区を加筆しました。


今夜の一曲を。

https://youtu.be/F7CfahQmWhg












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コメント

C6217さん、コメントありがとうございます。
ご指摘のように、敷地内はフラットですね。失礼いたしました。
グーグルアースとかで見ると分かりやすいのですが、乗務員センター寄り、一番外側にある側線のポイント前あたりに、上部を解体したような建物のコンクリ基礎部分が残っていて、側線前に立って基礎部分を横から見ると、左端に地下室のような空間があり、てっきり基礎部分の高さだけ、乗務員センター前辺りの敷地を高く感じたようです。しつこくグーグルアース3Dで海側の道路出入口から側線方向を見ると、地面はフラットです。ご指摘ありがとうございます。
糸崎には10年ほど前から二度ほど訪れましたが、やはり画像を見ていないと火傷します。
その頃、コンテナ側にSL時代からであろう、小振りな木造の建物があり、運送会社さんに事情を説明して見学させていただき、機関区ファンとして至福のひとときでした。
ハチロクのお話し、ありがとうございます。
何も知らない鉄道少年の頃は、キューロクよりもハチロク派でした。

 糸崎機関区に高低差? 用地は全部瀬戸内海の埋め立て地なので信じられない思いです。それとも物品倉庫が積み下ろしの関係からホームの高さに嵩上げされていたことでしょうか。
 福塩南線の最後の旅客列車を牽いた三次区の88651はたしかラストナンバーですね?

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